私は三人兄弟の真ん中に産まれました。小さい頃、いつも注目されない存在だったので、自然と自己主張が強くなり、勝手気ままに動いていました。特に親戚の方々から迷惑がられ、何処へ行くにも自分が褒められる事があまりなかったので、十歳くらいになった頃「良い人間になりたい!」という思いが出始めました。なので、母に自分の悪い所を指摘してもらったり、前向きにそして楽観的になれる本を読んで実行してみたり、神社やお寺にお参りに行ったりなどしていました。しかし、心の中が完璧に満たされることはありませんでした。聖書に関わる機会が全くない環境にいたので、自分の努力が足りないと思い、続けて自分の力で精神的成長を努めました。
高校卒業後、大学生活はアメリカのアーカンソー州で過ごすと決めた事がイエス様との関係を結びつく大きなきっかけとなりました。渡米する前に、父から宗教に洗脳されないように注意されたので実際キリスト教を信仰しているアメリカ人と友達になるのには抵抗がありました。でも、アメリカ人の友達を作りたかったし、アメリカの文化も学びたかったので、そのためには聖書を知っておく必要があると感じ、思い切ってアメリカ人と続けて時間を過ごすように決めました。友達になったアメリカ人はとても優しかったのですが、その分とても信仰が強かったのでよく圧迫感を感じたのを覚えています。バイブルスタディーや教会に頻繁に行くようになり、クリスチャンの様々な人々と関わる機会が増えました。キリスト教も英語も学ぶという同時進行でしたので頭の中がいつもパンクしそうでした。逃げたい部分もたくさんありましたが、当時、日本人との友達関係が上手くいってなかったので、クリスチャンの友達の優しさに惹かれ、続けてアメリカ人の友達と共に時間を過ごしました。そしてある日、友達と一対一のバイブルスタディーを終えた後、「昌子、あなたは救われた?」と聞かれました。意味がわからず「はい」と言ってしまったのですが、すると友達の目に涙が溢れ出ました。その意味がまさか自分がイエス・キリストを受け入れたとは思ってもみなかったので、後で友達に「色々な宗教を勉強してから、自分がどの宗教を信仰していきたいかを決める」と伝えました。そしたらその子は不機嫌になってしまったのですが、それを通して真実とは何かとより深く考え始めました。
数週間が過ぎ、その友達に静修会に誘われました。その子と友情関係を深めたかったので心が嫌と言っても行くと決めました。とても自然の綺麗な場所で行われたので、予期していた以上に楽しみました。翌朝、賛美し終えた後、いつも通り祈りが始まりました。祈りをしている人達の声を聞いていると、教会やバイブルスタディーでは一度も感じたことのない、心に響く、とても綺麗な祈りでした。本当に神様に話していると感じ、心の中で初めて神様に「真実を教えて下さい」と祈ってみました。そしたら途端に号泣しました。隣で友達は優しく手を握ってくれました。静修会が終え、寮に帰った時、自分の心がなぜかわくわくしているのを感じました。一体これは何かと思い、即姉に電話しました。既に姉はクリスチャンになっていたので、真実とは何か、どうして姉はイエスを信じたのか理由を訊きました。会話している最中に、不思議と「クリスチャンは真実でなくても聖書は真実を語っている。聖書は理解が全く出来てないけど信じたい」と思い、そこでイエス様を受け入れました。
イエス様を受け入れてから聖書が少しずつ理解しやすくなり、そして自分に変化が現れ始めました。今まで、人の欠点ばかりが目について、許す事が出来ず、長い期間怒っていたのですが、イエス様が私の心の中に宿り始めてから許せるようになりました。また、自分の力で良い人間になろうと努力し、でも何処かにいつも不満を抱き続けていた私だったのですが、満たされるようになりしました。もちろん改善すべき点はまだまだたくさんありますが、今は安心してイエス様にまかせることができます。私の力ではなく、イエス様の力で変え続けてくれているので本当に感謝です。
「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなこともできるのです。」ピリピ4章13節



