私はクリスチャンホームの家庭に生まれました。曾祖父から始まって私で4代目のクリスチャンになります。ですから私が生まれてからは、日曜日になると自動的に教会へ通う生活がすでに始まっていました。
しかしクリスチャンホームに育ったからといって、その子供が悪いことを全くせず、真っすぐに生きていくとは限りません。外見はおとなしく親のいうことを良く聞く子供でしたが、心の中では悪いことを考え、時には親の財布から少しづつ小銭を盗んだり、キセル乗車をしたりと隠れて悪いことをするような幼少期を私も過ごしました。
そのような事は誰に教わったことではないのですが、こっそりとしかも自然にするようになっていたのです。
「すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており…」(ローマ人への手紙3:23)
まさにこの聖書の記述にあるように自分にもこの罪の問題が当てはまっていました。自分では罪の意識はありましたが、それを解決しようというところまでには至りませんでした。
9歳になった頃、教会の牧師さんからバプテスマの勧めを受けました。幼い頃から教会に通っている私にとってイエス・キリストを信じることはごく自然のことでしたが、個人的な関係を持とうという決心をする機会はありませんでした。しかしヨハネによる福音書3:16にあるように、イエス・キリストが罪深い私の救いのために十字架にかかって死なれたことを改めて知り、彼の弟子となり従っていくことを決心しました。
罪を赦され永遠の命を与えられてから33年の歳月が経ちましたが、今でも主なるイエス・キリストにつながり神第一の生活を心がけています。クリスチャンの妻と子供も二人与えられました。クリスチャンになってからも問題にぶち当たり、不安な時を過ごすこともありますが、イエス・キリストが常に私と家族の人生を豊かに導いて下さいます。感謝なことです。
「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネによる福音書3:16)


